運転を哲学する男 小林眞のコラム 3 強制すれば事故はなくなるのか?

警察官になって警察学校を卒業し、新任としてH警察署に配置された時、上司である警部補の最初の指示が「事故するな」だった。私は耳を疑った。「事故するな」なんて指示で事故がなくなるくらいなら、交通事故なんて発生しないに違いない。

悪い冗談だと思ったが、その上司は本気だった。後日、先輩が出合い頭の事故を起こした時、その警部補は烈火のごとく怒り、「俺があれほど事故するなと言ったのに、おまえは私の言うことをきけないのか!」と先輩を叱りつけた。

私はもう一度耳を疑い、この警部補は頭が悪いに違いないと思った。そして、この程度の頭で警部補になれるなら、私はその上の警部になれるかもしれないと嬉しくなった。

 

さて、人身事故の1/3は追突であり、それは前方不注視であるが、ならば「前をよく見ろ」という指示で追突事故はなくなるだろうか?

交通事故とは過失の競合であり、事故をするなとは、過失をなくせということになる。しかし、人は、過失から免れることなどできないのだ。

過失をなくせという指示が強調されることで部下は萎縮し、事故の隠蔽につながる。そして、その隠蔽を理由に部下を叱り、処分するような未熟な組織には、進化も発展も未来もない。

成熟した組織とは、上司と部下が相互に信頼関係を築き、支え合う組織のことである。

強制力だけで交通事故抑止の課題を解決することはできない。相互の信頼関係とコミュニケーションを深め、認め合い、支え合うことによって、はじめて交通事故抑止という課題の解決につながる道を辿ることができるからである。

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