今から40年以上前、自動車の重要な安全機能ABSが開発されました。そして、世界中の技術者は、これで交通事故は半減するに違いないと考えたのです。しかし、ABSが装備された自動車が実用化された後、その事故率は低下しませんでした。
カナダの交通心理学者ジェラルド・ワイルド博士がその原因究明に取り組み、その答を見つけ出しました。
事故率が減少しなかった理由はドライバーにあったのです。ABSによって走行安定性が向上したことを感じたドライバーは、安心しただけ速度を上げて走行していた。つまり、ABSによって下がった事故率は、ドライバーが走行速度を上げたために事故率が上がり、結果的に元の事故率に戻っていたのです。
ワイルド博士は、この結果を「リスクホメオスタシス理論」として世界に発信しました。しかし、「自動車の安全性が向上しても事故は減らない」というメッセージは、自動車の安全技術に関わる人たちの反発を招き、誤解を生みました。
それは、そのメッセージが言葉足らずだったからだと、私は思っています。今、私はこの理論を紹介しつつ、次のメッセージを付け加えることを忘れません。
「自動車の安全機能が進化するだけで交通事故を減らすことはできません。交通事故を減らすために本当に必要なもの、それは、何よりも私たち自身の安全意識なのです!」
リスクホメオスタシス理論とは、自動車の安全機能の進化と共に事故を減少させていくためには、何よりも「ドライバーの意識の変化」が必要なのだとする考え方であり、安全機能が急速に進化している現在こそ、このリスクホメオスタシス理論を再評価し、その重要性を理解すべきだと思っています。
なお、Googleで「リスクホメオスタシス」と検索すると、私が2018年2月に書いたコラム「リスクホメオスタシス理論について考える」が上位に表示されますので、参考にしてください。
※ リスク(危険可能性)・ホメオ(同一の)・スタシス(状態)を直訳すれば、「危険性同一性」とか「危険性の恒常性」という意味になります。